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ヒザとわがまま(7)

こんにちは。 ごきげんいかがですか?

朝晩はめっきり涼しくなってきましたね。

ブログを読み直していたら、「ヒザとわがまま(2)」がちょっと分かりにくいので、書き換えました。

 

それでは、ヒザとわがままのつづき、です。

 

自分の本音を言うのを我慢することにより、喧嘩のリスクも少なくなり、それが平和の秘訣のようにも見えますが、そこに大きな落とし穴が潜んでいることを体は知っているのです。

 

本音を言ってはいけないと思い込んでいるということは、相手を思いやっての我慢が1回だけではすまないということです。

 

そしていつか、そうやって相手のために好き嫌いを言わずに我慢してきたことを、相手が察して分かってくれる可能性は、限りなくゼロに近いのです。

 

なぜなら、体が、7歳以上の仲間同士の察し合いを妨害するからなのです。

 

どういうことかというと、まず、この基本。

 

今感じている感情はコントロールできません。

ただし感情には発動条件があり、そこはコントロールできます。

 

体は、コントロールできないことに対しての警告は出しません。

出したところでコントロールできないのですから意味がありません。

 

体が警告を出すポイントは、コントロールできるポイントです。

そして、「察する」 という行為は、感情ではありません。

そのため、この行為はコントロールできるポイントになります。

 

ではなぜ体は、仲間に対して察することを危険と判断して警告を出すのでしょうか。

 

それは、見返りを求める感情の発動条件だからです。

 

察するという行為は、本来、狩りの場で行うものです。

狩りというのは、獲物との感情の探り合いです。

 

釣りを例に解説しましょう。

 

まず狙っている魚は、どんな餌が好きか察します。

お腹が空いている時間帯を察し、居心地がよさそうなポイントを察し、釣り針を投げ入れます。

釣り竿に、魚が餌をつっついている感触がくれば、今はまだ疑って警戒しているなと察し、

次の感触で、今安心して餌を食べたと察し、いっきに竿を引き、針を引っかけます。

 

こうして察し合いの勝者の釣り人は、魚を釣り上げます。

そしてここからが、見返りタイムです。

 

この魚を持ち帰って食べるのか、キャッチアンドリリースで海や川に返すのか、

それを決めるのは、釣り人です。

 

何も悪いことをしていない魚を、生かすか殺すか決める権限を持つ。

これは、完全なる支配です。

 

それが狩りなのです。

 

そして、その支配したものを食べて、わたしたちは生きているのです。

察した後、見返りを求める感情。それは、生存本能です。

それを感じないなど不可能なのです。

 

だから体は、察する相手を獲物だけにさせようと誘導するのです。

 

夫や妻に対して察すると、体は、自動的に狩りモードになります。

そして自分が思い描いたとおり寸分違わない見返りを求めてしまうことになります。

当然寸分違わない見返りを手に入れるなんて絶対不可能なので、すごくイライラします。

さらにやっかいなことに、人間の狩りは群れで行うものなので、仲間を集めて攻撃をはじめてしまいます。

 

これが、感情の暴走です。

 

暴走している感情は、自力では止められません。

それがどんなに愚かなことだと諭されても本人はどうしようもないのです。

 

これは言い換えれば共喰いです。

そうならないように体は、初期の段階からあの手この手で警告しますが、

どうしても止まらないときは、自分を本来守ってくれるはず細胞が、自分の細胞を攻撃するような病気で警告をはじめます。

 

メスをいれるのは、発動条件のところ。

そして、今がその時だよというときに、ヒザが痛みで教えてくれます。

これが好きだからやりたい。

こうされるのは嫌だ。

相手に知ってもらいたい感情を、ヒザとヒザを突き合わせて言ってごらん。と、体は必死で伝えているのです。

 

ちなみにお店に来るお客様は、体の基準では獲物になるので、察しても大丈夫です。

見返りは、命の代わりに、食べ物に変えられるお金になります。

 

赤ちゃんは、大人が察してあげないと死んでしまう存在なので、

女の子は3歳、男の子は5歳までは察しても大丈夫です。

リミットは7歳。それを越えて察しようとすると、骨のゆがみの警告が発生します。

 

次回は、ヒザとヒザを突き合わせて本音を伝えるときの注意点のお話をしましょう。

 

 

つづく。

 

  ※解読による症状の改善には個人差があります。

 

解読カイロプラクティック

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