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もうひとつのアカギレ

 

こんにちは。ごきげんいかがですか?

 

今日は、もうひとつのアカギレをご紹介しましょう。

 

アカギレ+ケロイド状の湿疹のキーワード、

 

それは、

 

「そこに手を染めるな」

  

体は、目の前にいる相手が、家族なのか仲間なのか他人なのかを瞬時に判断します。

 

その基準はとても原始的です。

 

自分の認識では仲間だと思っていても、体は、自分と相手の資質やいま置かれている状況から、仲間ではないと判断することがあります。

 

体が、仲間ではないと判断するもうひとつの基準は、美学の違いです。

 

わたしが、とある整骨院でお勤めすることが決まった日に、夫の手がパックリ割れただけでなく、手の平全体がケロイド状に荒れたのです。

 

皮膚の色は変色し、どんな薬も効きません。

 

それを見たわたしがイメージしたことばは

 

「手を染める?」

 

その整骨院の裏で何か行われているのかな?

 

嫌な予感がするまま、そこに在籍して間もなく、その予感が的中していたことに気がつきました。

 

保険の規定で、慢性の肩こりなどは保険適用外です。

 

それを患者さんに「保険診療にしてあげるので、急性の外傷性の怪我ということにしましょう」のように、口裏を合わせる提案をするのです。

 

わたしはその行為に自分の手を染めたくなくて、抵抗しすぎて、クビになりました。

 

後からいろいろ調べてみると、そのようなことはけっこうどこでも行われていて、それをしないと生き残れないという切実な事情もあることが分かってきました。

 

生きていくため。家族を養うため。法の監視をうまくごまかす。

 

これも生きていく知恵のひとつなのかもしれません。

 

ただ、わたしはその方法でお給料をもらいたくない。

 

これも相性の違いなので、手を切れサインがでることがあります。

 

ここで注目する点は、口裏合わせの仕事を受け入れて何年もそこで働いている人の手にアカギレはなかったことです。

 

このケロイド状に手を染める症状は、口裏合わせそのものの警告というより、わたしの生き方の美学から外れているよと言っているようです。

 

日本のように法の整備が整っている国においても、体は常に野生の基準でメッセージを発信しています。

 

野生の世界では、擬態など、狩りをするために相手をあざむくことは当たり前のことです。

 

そのため、仲間ではない相手にたいしてウソをつくことは、体の基準では悪いこととしないケースが多々あります。

 

ただ、その世界の中で、自分はどうありたいのか。

 

ここを常に問いかけています。

 

治療家として、自分はどうありたいか。

 

その姿でいられない組織に近づくと、手を染めるなサインが出現するのです。

 

アカギレは、これから関わろうとしている相手との相性を教えてくれます。

 

あいさつに握手が使われるのは、それによって相手との相性を計っていた歴史があるのかもしれません。

 

 

※誤解されると嫌なので・・・わたしがお勤めした整骨院の中で、府中のひまわり整骨院はり灸院は、わたしと美学が一致している整骨院です。慢性の症状は保険適用外として自由診療にしています。それでも技術があるので患者さんが離れることはありません。

 

 

 ※解読による症状の改善には個人差があります。

 

 

解読カイロプラクティック

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